母親業と保育士は違うことがわかるのは、結局自分が妊娠して、産んで、我が子と一緒に毎日生活して気づく。保育士でいることは限りがあるけど(プライベートで保育士やらないしw一部は漏れて表出しちゃうけど)産んだら一生母親。母親であることが重いので、早くおばあちゃんになりたいと、我が子産んだ時からずっと思い続けてる。おばあちゃんになっても、おかあさんであることに変わりはないか、あはは。

産んだ途端に、おかあさんなわけで。公的機関の、ネクタイ姿な?方々と話すと、自覚させるような言い方される。わけじゃないんだろうけど、そう聞こえてしまって、そう耳に残ってしまい、時々プツーン。しっかりしてないと文句言われた感。しっかりについて話さずしてしっかりしろ的な事を言われても困っちゃう。(う~ん、お年頃な生意気感情ドカーン。大して心広くないの。凹んでるときは特に。)プロな母ってどんなんだろうか。聖母マリア様のことかな。キリスト教信者じゃないのでよくわからないけど。自分の親?ある意味そうだけれど、人が違えば母の在り方(母業の質量)も違う。

母親テスト的なもので、何点取れたら合格とか、そういうことが求められてたりするのかしらwww保育士資格はテストで取れるわけだし。私がそういうテスト受けることになったら、グレーゾーンギリギリで0点に引っかかる、そんな回答を書く。絶対ダメじゃないけど、点数は0、みたいな回答。100点とれる模範解答は、一般的な育児参考書に書いてあるかも??保育士試験の答えはテキストに書いてあるように??なんじゃそりゃw

母親テスト的なもので満点だったら、公的機関のネクタイ姿な?方々と、堂々とフツーにお話しできたかもしれない。でも子?育ては延々一生続くと思ったら、公的機関のネクタイ姿な?方々と会わないで済む方法でもってして、生涯の生活ができる策を選択しちゃう?かも??

ぎゃ~極論。ネガティブすぎて、この発想そのものが苦しい。そんな考え方ができる自分に酔う。公的機関のネクタイ姿な?方々と対等さを感じないどころか、対面しただけで自分が人間以下に感じる。これが辛い。相手、多分悪くない。のに感じる。不登校児童か。私がw(きゃ~、我が子たちの不登校問題が可愛く思えてきた→私の心病みすぎ?)

ネガティブなごちゃごちゃはめんどくさいので、つまり、今は、時節柄&私の心が疲れているからそう強く感じるだけ。のことにしておく。